Duke Pearson デューク・ピアソン / Merry Ole Soul

Hi-Fi-Record2009-12-21

The Cool School 103 My EX


広い駐車場の一画を使って行われるレコード・ショー。
隅から隅まで見ているつもりでも
これだけ広いと見落としがありはしないかと不安になる。


思い切って
上の階に通じる坂をのぼって見たら
案の定、
新しくテーブルを出すようになった新顔たちが
いくつかまとまっていた。


あっちは海賊版専門ディーラー、
こっちはシングル盤ディーラー、
ふむふむふむと物色をするうちに
50歳くらいだろうか、
女性がひとりで出しているテーブルに突き当たった。


眼鏡をかけたパティ・スミスみたいな風貌で
少し寒そうにたたずんでいる。


問題は彼女が何者かではない。
彼女の売っているレコードだ。
段ボールで3箱ぐらいしかないのに
これがすごかった。


え? 
60年代のビートグループのUKオリジナルがあるよ。
これは
あの女性アイドルのレコードの中でも一番珍しいやつだ。


どれも決して安くはないけれど
めったにお目にかかれないレコードがざくざくと出て来る。


何なんだ、この密度は。


欲しいやつを全部買ったらお金が足りないので
別のディーラーのところにいた大江田さんに
資金の補給を頼みに行くことにして、
それまでに何枚か重要なものを彼女に取り置きをお願いした。


「それにしてもすごいレコードばかりですね」
本心からぼくがそう話しかけると
彼女はすこしはにかんだように微笑んで
「ああ、これはわたしのエックス(My EX)のものだったのよ」
そう答えた。


マイ・エックス?
別れた亭主ってことかしら?
慰謝料代わりにレコードを置いていったの?


そんなことを考えながら大江田さんを探し当て
不足分のドル札を補給してもらった。


坂をのぼって戻ってくると
彼女は別の客と話をしていた。


ん?
なんだ?
フューネラル(お葬式)とか
フェアウェル・パーティーとか言ってる?


そうだったのか。
My EX、つまり、
彼女の別れた亭主というのは離婚したんじゃない。
死に別れた亭主のことだったんだ。


コレクターが亡くなることで市場にレコードが出回る。
そういうケースは少なくない。
だが、
これほど直接的にその事実を体感させられることは
決して多くはないのだ。


客との話が終わるのを待って
彼女に支払いをするよと告げた。


「ああ、ええと、
 100ドル以上買ったお客さんには2割引していいの」


彼女はすこしさびしそうに付け加えた。


「夫がそうしろと言ったのよ。
 遺言なの」


それはぼくが受け取った
一生で一番神妙なディスカウントだった。(この項おわり)


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いよいよクリスマス間近。
クリスマス・レコード放出も、もう少しです。(松永良平


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