Winter ウィンター / Winter

Hi-Fi-Record2010-01-08

The Cool School 107 波乗りとビジネス


「この店の中にあるレコードはな、
 どれも1ドルだ」


そう言われて
ぼくたちは口をあんぐりとした。


1階を棚から床の上までくまなく箱が埋め尽くしている上に
ロフト風の2階にもレコードがひしめいている。


これは夢じゃなかろうかと
目をパチクリさせながら店内を見渡すと、
店の中央の柱に貼付けてあった一枚の写真を見つけた。


白髪の男が
大きな波をサーフボードで駆け抜けている。


ん?
その白髪の男は
ぼくのすぐそばにいた。


あんたじゃないか!


店主はニヤッと笑った。
「おれは60歳過ぎだが、
 こっちもまだまだ現役でね」
そう言って肉付きの良い腕を広げてみせた。
サーフィンのバランスを取るポーズなのだろう。


海の近い街で
レコードを爆発的に仕入れて
おそるべき安価で売りまくり
そして天気のいい日には
海に出かけて波に乗る。


彼のライフスタイルの中で
快楽とビジネスが分かち難くあることが
この店の気前の良すぎる商売に
無言のうちに現れていると思った。


山ほどもあるレコードを
はあはあひいひい言いながら引っくり返すぼくたちを見て
彼は気持ち良さそうに笑っていた。


数年後、
ふたたびその店を訪れた。


店の外見は変わっていなかったが、
何かが違う。
元気がない。


若い白人が店番をしていたので
店主はどうしたと訊くと、
なんと彼は腰を痛めてしまったので
自分がこの店を買ったのだという。


「売ってるものも値段も
 以前と変わりないよ。
 全部1ドルでどうぞ」


若くて新しい店主はそう言ってくれたが、
すでにお店は以前と変わりないものではなかった。


前の店主が怪物的な意志でレコードを集めたような情熱が
新しい彼には
たぶんないのだ。


だから売り方だけを同じようにやっていたら
店は確実に痩せてゆく。
1ドルでも動かないレコードの山を
1ドルだったらお買い得なレコードを混ぜることで
一緒に動かしてゆくというダイナミズムを
彼は理解していないのだ。
だから、
1ドルでも売れないレコードだけが残った。


大きな波が相手でも
山ほどのレコードが相手でも
果敢にサーフィンを楽しんだ店主を偲んで
たいして収穫が無かった店を出て
海の方を見た。


すっかり夕暮れになっていた。(この項おわり)


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イギリスとアメリカにそれぞれ
スプリングというグループがいた。


ハワイには
サマーがいた。


そしてイギリスには
ウィンターがいたというわけだ。


おどろいたと同時に
胸がせつなくなるシティ・ポップにときめいた。


夏が来たら
彼らはどうするつもりだったんだろう?
「夏なのにウィンターです〜、どうぞよろしく〜!」


漫才じゃないんだから。


さて、どこかに
オータムはおらんかね?(松永良平


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