Anita Kerr アニタ・カー / Velvet Voices And Bold Brass

Hi-Fi-Record2010-01-09

 コラムニストの中野翠さんが、親交が深かった久世光彦氏について書いている文章に、こんな一節がある。引用させてもらいたい。


 「久世さんは好きな対象の前に自分をそっくり投げ出すことができる人だった。久世さんに較べると私は批評的、と言えば聞こえはいいが、どこか自分への執着を捨て切れない、小ざかしい人間なのだった」。


 もちろん前後の関係の中で記されている一説なので、中野さんの意を正確に受け取っていただくには、エッセイの相当部分を引かなければならないが、こうして述べられる言葉の裏付けとなっている彼女の認識に、ぼくはいささかのショックを受けたのだった。自分の何処かで気づいていたはずの事を、言い当てられた気がした。
 それは、「批評的」であることは、実は「自分への執着を捨て切れない、小ざかしい人間」のする行為なのかもしれないという指摘だ。


 もちろん中野さんがやや自虐的に書かれている文面でもあるので、そのまま受けとってしまってもいけない。などと言いつつも、ぼくの中にはこの「批評的=自分への執着を捨て切れない」行為ということばが、なにか別の生き物のようにして入って来た。


 好きな音楽を好きだといえば、それでいいのかもしれない。しかしそれではこうしたブログは、成立しないだろう。出来るだけ「好きだ」という言葉を使わないで、好きな音楽を語る事を旨として来たつもりだが、「好きだ」という言葉の前にはいかにも無力な気がする。いったい「批評」とはなんなのだろう。



 ひとしきり、このイコールのフレーズがぐるぐる廻りはじめて、まだ止まらない。



 今日のところは、好きだと胸を張って言えるレコードをとりあげて、終わりにします。(大江田信)



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