Don Choate ドン・ショート / Thursday’s Children

Hi-Fi-Record2010-02-03

The Cool School 116 夢のしっぽ


西海岸のとある街で、
州立大学にほど近い通りに
向かい合うようにして存在したはずの2軒の店が
両方とも姿を消していた。


まず片側にあった
古本とレコードを扱っていたはずの店は
オーナーが変わって
アメリカのコミックブック専門店になっていた。


この店は昔レコード売っていたはずだよねと
若い店員に訊ねたら、
「それはこの通りの向かい側にある店の話だろ?」と
にべもない。


大学生のアルバイトらしい彼は
自分の働いている店の前歴すら
知らなかった。


ただ
向かいの店の閉店については
すこし残念な気持ちを持ってくれていたようだ。


「それなりに繁盛してた店だったけどね、
 去年閉めてしまったんだ。
 まだ店の外装なんかは残っているはずだよ」


店を出て
てくてくと歩いて通りを渡り
店のあった跡地に向かった。


なるほど
小さな集合店舗ビルの端っこに
店のネオンがまだ残されていた。


中がまる見えの大きな窓には
「FOR LEASE(借り主募集中)」と無造作に書いた貼り紙が。


よく見ると
その貼り紙があるのはこの店だけではなく
あちこちに同じようながらんどうが出来ていた。
時代の変化だけじゃなく
不景気ってことか。


まだ昼間だったので
近くまで行くと店の中までよく見えた。


あるじとレコードを失った什器が
白い地肌をさらしていた。
なんだかとても寒そうだ。


待てよ?
日本だと
こういう場合は現状復帰という規約があり
店内には何も残さないようにして管理者に引き渡すはず。
アメリカだって
それは似たようなものじゃないのか?
よく閉店セールで
店の什器や電灯まで売っているのを見かけるし。


ひょっとして
周囲に慕われていたという店主の最後の望みで
わざとこの電飾や什器たちは残されたのかもしれない。


またいつの日か
誰かがレコード屋をここで始めたいと思ったときに
困らないようにね。


この店をやっていた店主の夢は終わった。
でも
彼がやっていたことを覚えている誰かが
その夢のしっぽにつかまっていないとも限らない。


都合のいい負け惜しみもいい加減にしろと
自分に言い聞かせながら、
きっとこの通りにもう一度自分はやって来るだろうと信じて
車に乗り込んだ。(この項おわり)


===================================


今の日本やアメリカを覆っている
時代の変化は
この中西部のローカルシンガーが歌う「イン・マイ・ライフ」ほど
甘く切なくない。


だが
自分の生きた証を振り返ることすら
許されなくなりそうな時代だからこそ
こういう歌が
いっそう胸に響くと思うときがある。


たぶんそれは
単なるノスタルジーみたいなものとは
全然違う
もっと強くてめげない感情のはずなのだ。(松永良平


Hi-Fi Record Store