Jef Jaisun ジェフ・ジェイスン / Brand New Rose

Hi-Fi-Record2010-02-06

The Cool School 118 遠くに見えるあの山は


いつもの買付とはちょっと違うイレギュラーな渡米で
車という足がないので
タクシーでその店まで行くことにした。


住所はわかっているが
まだ行ったことはない店だ。


タクシーをつかまえて
運転手にストリートの名前と番地を告げた。


目的の店に向かう道すがら
アルメニアからアメリカに移住してきたという運転手は
なまりの強い英語でおもむろに言った。


「あのあたりは山のふもとでな、
 とても危ない地域だ。
 帰りのあてはあるのか?」


特に考えてないのだと答えると
「バカなことを言うな」と強い口調で言い返された。


「ここは街の中心からずいぶん遠いぞ。
 見りゃわかるだろう?
 タクシーなんて一台も流してない」


確かにその通りだった。


「30分なら待ってやるよ。
 昼飯をどこかで食べているから
 用事が済んだらおれに電話しろ」


そのまま従うのもシャクな気がしたが
からっと乾いた殺気が漂う街並は
無言でぼくに「さからうな」と忠告を送っているように思えた。


結局
超ハイスパートで買付をして
きっちり30分後に電話を入れた。
彼はちゃんと約束通りに迎えに来てくれた。


モーテルまでの帰り道、
何とはなしに彼はしゃべり始めた。


「山は遠くから見る分にはすごく近くて
 すぐに頂上まで登れそうに見えるだろ。
 だがな、
 実際にそこまで行くだけでも大変だし
 ふもとまで来たら山は大きくて簡単には登れはしない。
 疲れて痛めつけられるだけだ。
 わかるか?」


よそ者がこの街をなめてかかるなと
ぼくに言い聞かせたいのだろう。


何だかそのたとえは
古い民話みたいでもあり、
レコード屋の仕事や人生についての
いましめでもあるみたいじゃないか。


そのセリフがあまりにも印象的だったため
そのあとの彼の話は全部うわの空。


しばらくじっと遠くの山を見つめていた。(この項おわり)


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ルイジアナの生んだ素晴らしいシンガー・ソングライター
ボビー・チャールズの訃報が届いたのは
1月の半ばのことだった。


ウソじゃないのかという知人のメールに答えるべく
ニュース・ソースをあたっていたら
ある海外サイトにたどりついた。


残念ながら訃報は事実だった。


ところがそのとき
彼の死を悼むコメント欄に
どこかで見たような名前を見つけたのだ。


それがこの
ウェストコーストのローカルなシンガー・ソングライター
ジェフ・ジェイスンだった。


彼が70年代にリリースしたアルバムは
ハイファイの隠れたベストセラー・アルバムなのだ。


ボビー・チャールズは亡くなってしまったが
ジェフ・ジェイスンはまだ生きていて
音楽活動をしているということがわかった。


そしてジェフ・ジェイスンが
ボビー・チャールズを敬愛していたということがわかった。


かなしみの中に見つけた
ちょっとうれしい
ささやかなニュースだった。(松永良平


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