Van Dyke Parks ヴァン・ダイク・パークス / Jump

Hi-Fi-Record2010-02-09

The Cool School 120 坂の上のレコード


街から北へ一時間ほど行ったところに
かつて大江田さんが世話になったディーラーが住んでいるという。


普段は消防士をしているのだが
レコードが好きで
週末のレコード・ショーでテーブルを長年出している人物で、
くらいうちから行った大江田さんたちを
無料で先に会場に入れてくれたりしたらしい。


それほど親しくて
家に彼のレコードがあることがわかっているのに
何故かぼくと買付に行くようになってから
しばらくご無沙汰が続いていた。


ときどき彼の名を出しては
「いやいや、やめとこう」などと
自分で打ち消したりするのだ。


それがようやく
重い腰を上げて彼を訪ねようという運びになったのは
そのときの買付が思いのほか空振りが多く
もう少し数を買い足す必要があったからだったと思う。


車は山と山の間を縫うように走るハイウェイを進んだ。
やがて左折して山の方へ。
しばらくすると観念したように
大江田さんは言った。


「彼の家はさ、
 山の中なんだけど、
 ものすごいところにあるんだ」


ものすごいと言ったって
車社会のアメリカなんだから
限度というものがあるだろう。
まさか車も通れない山道で
そこから先は何キロか歩けって言うんなら話は別だけど……。


「ここから坂を登るんだ」


いよいよ車は急な登坂車線を進み始めた。
思ったより坂は急だけど
道は舗装されている。


ははん。
高所恐怖症の大江田さんだから
こういう高い坂を登るのがいやだったんだろう。


しかし、
ぼくは見くびっていた。
本当にこわいのは実はその先だった。


あるところまで来たら
いきなり大江田さんがハンドルを右に切った。
え? その先は
道がないですよ?


いや、
道はあった。
ただし、舗装されていない土の道だ。
車一台がぎりぎり通れるくらいの一本道が
山肌に沿ってくねくねとうねりながら林の向こうまで続いていた。


カーブのひとつひとつが結構急な上に
ガードレールなんてものも存在しない。


そのときようやく気がついた。
左ハンドルのアメリカ車では
運転席の大江田さんは山肌側。
切り立った斜面を真下に感じるのは
助手席に座るぼくの方だったのだ!


未だかつて
あれほどおそろしい坂道を車で登った経験は
ほかにはない。


戦慄の十数分間を経て
ようやくディーラーの家に着いた。
信じられないのは
ぼくたちの車よりもっと大きなトラックが
家の前に平然と停まっていたってことだ。
どうやってあれは登ってきたんだろう?


「ね? ものすごかったでしょ?」


大江田さんが
ここになかなか来たがらなかったわけを
ぼくは心から理解したのだった。


そしてその日、
ぼくたちは彼の家で
ヴァン・ダイク・パークスの「ナンバー・ナイン」のシングルを買った。


あの坂の上で買ったレコードだから
そのことはたぶん一生忘れない。(この項おわり)


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「ナンバー・ナイン」は今在庫していないんですが、
こんなウサギが出てきそうな林だったな、と。(松永良平


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