The Arbors アーバーズ / The Graduation Day

Hi-Fi-Record2010-02-20

The Cool School 124 クール・スクール・イン・ジャパン その3


憧れていたレコード屋でのアルバイト初日、
フロアの雰囲気をよく見ておくようにと店長に言われたものの
現場をあずかる社員さんからいきなり言い渡されたのは
4階まである階段の拭き掃除だった。


はふ。


長い一日が終わった。
掃除が長かっただけじゃない。
とにかく誰とも話をする雰囲気じゃないものだから
ずっと黙っていた一日が長かったのだ。


レコード屋で働くということは
「誰が好き?」とか「今どんなの聴いてるの?」なんて質問を
したりされたりするものだとおぼろげに想像していたのだが、
われながらなんとおめでたいやつだったのだろう。


ため息をつきながら階段を降りてゆくと
ぼくと同日入社の社員希望のひとが立っていた。
仮にBさんとしておこう。


Bさんはぼくとは立場がちょっと違うこともあり
初日から一階のカウンターの中に入っていた。
ただし、やはりお金はさわらせてもらえない。
そこはとてもしっかり定まっていたように記憶する。


Bさんはただ立っていただけじゃなかった。
Bさんのすぐそばには
同じく社員希望で
ぼくたちより半月ほど早く入社したCさんがいた。


大柄で声が大きくて陽気なCさんの笑い声は
階段にいるぼくにもずいぶん聞こえていたが
入って二週間足らずとはとても思えない打ち解け方だった。
ぼくも二週間もいれば
あんなふうに陽気に話が出来るだろうか。


「いよっ、おつかれさん」


Cさんのそのひとことで
とても救われた気がした。
しかもCさんは
さらに言葉を重ねてきた。


「松永くん、
 せっかく初日なんだからBくんと一緒に飲みに行かない?」


正直言って
つい数秒前までは家に帰ってふさぎこんで寝てしまいたい気分だった。
大好きな仕事が出来るはずだったのに
どうしてこれほどさびしい思いをしなくてはならないのか
まったくわからなかったから。


だけど
Cさんのそのひとことで心のモヤが晴れたぼくは
二つ返事で誘いを受けた。


お店の裏手にあった居酒屋で
ひとまず乾杯。


ややあってCさんは少し声をひそめて言った。


「いやー大変だよね初日は。
 新人には誰も話しかけないでしょ?
 この仕事はすぐに辞めちゃうひとが多くて
 わざと無視したりして
 根性というか我慢出来るかどうかを見てるらしいんだよ」


レコード屋さんが90年代ほどの人気商売ではなく、
どちらかと言うと偏屈者の集まりだった時代の
頑固で不器用な新人テストみたいなものだったと
今になれば理解出来る。


Cさんのおかげで
ぼくやBさんは裏口入学というか
その試練の真意を知ることが出来たわけだが、
それがなかったら
どれだけ耐えられたかわからない。


同じ辛苦を味わったCさんが
それをよしとせずに
ぼくたちにこうやって打ち明けてくれたことも
不思議と言えば不思議だった。


お店の流儀という点で言えば
これは立派な抜け駆けだ。
あとでCさんは何か言われるかもしれない。


たぶん
Cさんはその流れを変えたいと思っていたのだろう。
社員希望を出しているわけだし、
頑固な徒弟制みたいなやり方ではない
新しいお店の作り方を考えてもいたのだろう。


Cさんには
ただ答えを教わっただけじゃない。
目の前でガハハと快活に笑いながらジョッキを飲み干すCさんは
二週間以内にその壁を乗り越えたわけだろ?
Cさんのようにぼくもなってみたいと思った。


この夜、
Cさんは
ぼくがこの業界で出会った
最初の先生になった。(この項つづく)


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卒業シーズンが近づいてきたので
この曲を今日出しました。


もっともアメリカでは6月ですが。
在学生は夏休みを終えて
次に会うのが9月。


それで「シー・ユー・イン・セプテンバー」という名曲につながるのでした。(松永良平


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