Hal March ハル・マーチ / The Moods Of March

Hi-Fi-Record2010-03-09

The Cool School 132 クール・スクール・イン・ジャパン その11


Cさんの送別会は
盛大なものだった。


いつも仕事が終わって飲みに行くときは
基本的に気が合う者同士が連れ立っていくわけで、
まあ次第に同じような顔ぶれになる。


だが
Cさんの人柄は
気が合うとかそういう部分を超えてみなに愛されていたからだろう。
この日は1階から4階まで
ほとんどすべてのスタッフが揃った。


そのころのぼくの上司にあたる
4階の買取担当Eさんは
普段はクールそのもので
誰かと一緒に飲みに行くなんて決してしないタイプだったが、
そのEさんまでテーブルについていた。


しめやかなところの全然ない
Cさんらしく楽しい飲み会になった。


そのにぎやかさはいいのだが、
いつもは居合わせない連中とテーブルを囲むため
なかなかCさんと話が出来ない。


これまでさんざん話をしてきたじゃないかと言われても
何だか今日が終わると
もう今までのようには打ち解けて話が出来ないような気がしていたのだ。


他店の社員になってしまえば
その店でまた新たにやるべき仕事や
人間関係が出来ていくはずで、
実際にCさんはそういうことでの対応が得意な人間だったから
ぼくにも声をかけてくれたはずだ。


ぼくだけが
Cさんの話し相手だったわけではなく、
むしろCさんを求めていたのは
ぼくだったのだと思う。


だから
ぼくのことなど
しばらくしたら忘れてしまうだろう。


でも
Cさんとは
フリージャズの有名ミュージシャンを
とても字には書けないエロ・ダジャレにして盛り上がった。
ケイシー高峰の口まねを良くしていた。
日本の歌謡曲も聴くといいもんだよとよく言っていた。
パンクス時代はモヒカンで
髪が生え揃うまで待って面接に来たと言っていた。
黒澤明の映画では実は「どですかでん」が好きだと言っていた。


そんな話は
ぼくとCさんだから出来たと
ぼくは思っていたかったのだ。


ぼくはこの日
飲んだことがないほど
ビールをおかわりした。
記憶を失うかと思ったが
ぼくはそういう酔い方はしない性質らしいと知った。


飲み会が終って
お茶の水駅前まで集団で移動した。
みんなも明日も仕事がある日だし
Cさんも新しい店に出勤初日となる。


「じゃあここで」
「短い間でしたが、おつかれさまでしたー!」


一本締め的なものをしたような記憶がある。


「松永クン、じゃあまた!」
「また飲みに行きましょう!」


おたがいに何か言い足りないことがあったはずなのに
うまく言葉を探せないまま
手を振った。


うしろを向いて
丸ノ内線に乗るために橋を歩き出した。
こっち方面に帰る連れは
さいわいいなかった。


地下に降り
切符を買って
改札を抜け、
池袋行きの電車に乗り、
空いていた席に腰掛けた。


Cさんとお酒を飲んだあと
何回も何回も繰り返してきた
いつもの帰り道だ。


だが
明日からは
もうその“いつも”はないんだ。


そう思った瞬間、
突然わけもなく泣けてきて
びっくりするほど涙が出て来た。
うぐっ、うぐっと息がむせかえって
もうどうしようもなくなってしまった。


まわりのひともきっとびっくりしただろう。
大の男が電車の中でみっともない。
頭ではわかっていた。
でもどうしようもなかった。
いやもう泣いた泣いた。


これにて
ぼくのレコード屋修行時代第一幕は終了。
そのうちいつか気が向いたら
第二幕も書くかもしれません。(この項おわり)


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東京は雪です。


しかし気分は3月にしたい。
ということで
「3月の気分」というタイトルのレコードを出しました。


思いがけず
季節外れになってしまいましたが。(松永良平


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