Jim Kweskin Jug Band / See Reverse Side For Title
レコード屋を訊ねて川を渡って街の向こう側に行く。
レコードを見始めると、トイレに行きたくなった。これが僕の悪い癖で、レコードを見始めると、すぐこういうことになる。
カウンターに座る女性にトイレを使わせて欲しいとお願いすると、店の外に出ろと言う。ぐるっと裏に回ったら、トイレがあるから。それを使ってと言われる。
不思議な店だなあと思いながら裏に回ろうとすると、隣の店の庭先でライヴをやっているのが目に入った。
椅子に座りアコースティック・ギターを弾く女性と、隣にはエレキ・ベースを弾く男性が、サウンド・チェックをしている。
そのうちに始まったのが、実にいい感じのカントリー・ブルース。
思わず立ち止まって、木に寄りかかりながら聴いてしまう。まだ春だと言うのに、この街の空気はもう初夏のようだ。
庭先に設けられた簡単なPA、そしてその前にはディレクターズ・チェアが10個ほど。のんびりと腰をかけた人達が、ときおり彼女の弾くフレーズにかけ声をかけながら、音楽を楽しんでいる。
手書きのチョークで書かれたボードを見ると、彼女の名前はErin Harpeとあった。
トイレを済ませてレコード店に戻る。松永クンに今見て来たライヴのことを伝え、今度は二人でライヴを見に行く。選び終わったレコードはカウンター女性に預ける。
スリー・フィンガーのブルース・コードのピッキングには、ちょっとした経過音のベースランや、センスのいいコードが織り交ぜてあって、さりげなく飽きさせない。このあたりが、現代的だ。カントリー・ブルース特有の撥ねるようなビートが、やさしい。
戻らなければと思いつつも離れ難く、店に帰ると松永クンに「一曲、聴き終えて来ましたね?」と言われる。
そう、その通り。だって、いいんだもの。
「もしかして彼女、ニール・ハープの娘さんじゃないんですか?」と、これまたドキッとする事を言う。
ニール・ハープのレコードは、ハイファイでも扱ったことがある。東海岸、ボストン界隈を根城にして活動した知的なニュアンスを秘めた白人カントリー・ブルース・シンガーで画家だ。
たまらずもう一度、ライヴを見に行った。
こんどは彼女のセットが終わるところだった。
最後に選ばれたナンバーは、フィッシング・ブルース。川に釣りに行く歌だ。
歌詞を知っているものだから、思わず一緒に口ずさむ。なんだか、楽しい。
その場で売られていたCDを買ったついでに尋ねてみると、確かに彼女はニール・ハープの娘さんだった。
お父さんと一緒にデルタ・ブルースを録音したアルバムを2008年にリリースしていた。
「お父さんのレコード・アルバムを聴いたことがありますよ」とサインをもらいながら彼女に声をかけると、「あらま、なんてこと。あの頃、私はまだ赤ちゃんだったのよ」と、返事が返って来た。
ハイファイのサイトを見ると、ジム・クエスキン・ジャグバンドの「フィッシング・ブルース」を在庫していた。
ボストン界隈のヒップなブルース、ジャズ、ブルーグラス好きが集ったアマチュア・ライクなジャグ・バンド。歌うはメンバーのひとり、ジェフ・マルダー。
ああ、そうそう、こんな感じだったなあと、エリン・ハープの巧みなピッキングを思い出しながら、ジェフの歌声を聴く。そして一緒に口ずさむ。
そういえばエリン・ハープもボストン在住とのことだった。(大江田 信)