Anne Marie Moss アンヌ・マリー・モス / Don’t You Know Me?
かつて勤務していたレコード会社の大先輩が、突然ハイファイの店頭に見えた。
XXチャンに聴いてさあ、大江田がレコード屋をやっているっていうからさあ。その口ぶりは、業界に特有のもの。昔のままだった。
ひとしきり昔話をする。かつての仲間について誰がどうした、今は何処で働いているなどといった話をひとくさり。そこでもXXちゃんが飛び出す。XXちゃん、知らないか?と言われ、よくよく思い出してみると、日本随一のコンサート企画会社の社長さんだったりと、どんなに偉い人も、親しみを感じる相手はちゃんづけだ。
最近は、こんなレコードを作りたいと思っているんだと、密かに暖めている企画についても、話を伺った。
そうするうちに、レコードをなにか聴かせろとおっしゃる。好きなのは、ペギー・リー。ドリス・デイやジョー・スタッフォードもいいけれど、ペギー・リーのヴォーカルがいいとのことだ。
おおよその当たりをつけて、何枚かのレコードを店頭からカウンターに持ってくる。ご一緒に聴いているうちに、いちばん反応されたのがこのアルバムだった。
それとなくあたりをつけたアルバムが、うまい具合にお好みだった。
音楽の好みというのは面白いもので、それほど深くお話を伺っていなくとも、おつきあいをしているうちに感じる人となりから、ちょっとしたヒントさえ有れば、なんとなく察せられるように思う。
こういうジャズは、アメリカのどこに行ったら聴けるんだ?とおっしゃる。
小編成のコンボをバックにした女性ヴォーカル。小さなジャズ・クラブで、今でもごく日常的に演奏されているスタイルなのではないかと思うとお伝えすると、もしも彼女が東京に来たら、聴きに行っただろう、ヴォーカルがいいねえ、日本のポピュラー音楽もサウンドはずいぶんと良くなったけれども、ヴォーカルは30年遅れてるなあと続いた。
なにしろ大先輩。もう優に75歳を超えておられると思うが、前のめりに音楽を探し求める姿は、昔のままだ。
流れる音楽を鑑賞するのではなくて、共振しようとする姿勢。30年数年を経てお会いしたのに、今も変わらぬどん欲さに、なんだか嬉しくなったひとときだった。(大江田信)
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