たちなみえみ / たちなみえみ

Hi-Fi-Record2010-03-26

The Cool School 139 スターは来なかった


レコード・ショーに集まるのは
ディーラーとお客さん。


だが
広い意味で彼らを括れば
音楽ファンの集まりということになる。


音楽ファンの集まる場所ということを利するべく
ショーの間にイベントが行われることは少なくない。


地元にいるドゥーワップ・グループによる
簡単なコンサートにも出くわしたことがある。
えーと、
確か歌っているメンバーのひとりが
由緒あるグループの何代目かのメンバーだったっけ……みたいな。


その日のショーには
ちょっとした伝説的なロックンロールスターが
サイン会にやってくることになっていた。


ぼくもよく知っている名前で
若いころには
そのひとのレコードを探していたこともあった。


あるレコード・ショップとのコラボで
彼は7インチ・レコードを作った。
サイン会はその店が出しているテーブルで
午後3時から行なわれる予定だと教えてくれた。


3時が近くなってくると
すこしそわそわしてきた。
そのロッカーは
すでに結構な年齢になっているはずだが
若いころに憧れたひとに会えると思えば
やはり気分が高まるものだ。


このショーに来ているのは
音楽好きな連中ばかりだもの。
始まるころにはかなりの列が出来ているかもしれない。


3時になった。
しかし何だかしーんとしている。
スターが遅れてくるということはあっていいだろう。
だってスターだもの。
わがままは言っていい。


むしろ問題は
待っているぼくたちの方だ。
テーブルの前に何となくたむろしているのは
いち、にい……、三人目がぼくで、四人目はいない。
こんな感じじゃ列に並ぶ必要もない。


なんだろう、この興奮しない雰囲気は。


何となくその理由を考えてみる。
ひとつは日本から来ているぼくみたいな人間を除けば
彼らにとってこのロッカーは
それほど珍しくない存在かもしれないということ。


もうひとつの理由は
ショーに来ている客層が
昔と比べて明らかに若くなっていることだ。
彼らはこの往年のロッカーの名前すら
もはや知っていないのかもしれない。


アナログは好きだ。
だがそれは
歴史の勉強とは違うのだ。


それでいいのだと
言い切ってしまうのは味気ないし、
すこしさびしい気分になるけれど
そういう時代の移り変わりは
ぼくにはとても説得力がある。


一時間待っても
結局ロッカーは現れなかった。


「彼は今日は気分がすぐれないのでサイン会は中止です」と
アナウンスが場内に流れた。


3人だけを相手にサイン会をするくらいなら
現れないのもスターの直感だろう。
それもまた
現代に対して自分をへりくだらせることをしないスターの矜持だと
ぼくは思ったりもした。(この項おわり)


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富山県高岡市で活動していた
女性4人組のんべーずが
解散したと聞いた。


解散するもなにも
最初から彼女たちは
世の中に打って出るようなつもりで
音楽をやっていたわけではなかったのだから、
むしろそれは
彼女たちの日常の中に音楽が溶け込んでいった結果、
バンドで人前に出る必要がなくなったのだと
思う方が正しいのかもしれない。


しかし
のんべーずの中心人物であった
たちなみえみさんは
自分の名前で音楽を続けることを選んだ。
ミーハー心で言わせてもらえば、
それはとてもよい決断だったと思う。


だから
ライナーノーツを頼まれたときも
二つ返事で引き受けた。


それにしてもこのCD、
「録音が終りました」という連絡を受けてから
実際に商品になるまでの時間が
とても早かった。


完成から発売まで2ヶ月くらいなんて
一般のレコード会社のペースで考えていたら
もう発売するというのであわててライナーに取りかかったくらいだ。


その早さに
やれ宣伝だ媒体探しだとあくせくしない自由さと、
出来たから出すのだという
発想と実現が一体化した気持ち良さを味わった。


してやられた
音の方も。(松永良平


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