Aileen Quinn アイリーン・クイン / Bobby’s Girl

Hi-Fi-Record2010-04-23

The Cool School 152 キリギリスとアリ


「ああ、それだよ、それ」


西海岸で
いやアメリカで
いや世界中に名を轟かせる
レコード通販専門ディーラーの仕事場が
そこなのだと大江田さんは指差した。


外からは様子のうかがいしれない
一軒の家。
そこに数多くのレアレコードが商品として管理され、
日中に数人のアルバイトが
世界中から届くオーダーを処理しているのだそうだ。


ずっと以前に
大江田さんは中に入れてもらったことがあるという。
そのとき目撃した光景を話してくれたが
たぶんその感じは今も変わっていないだろう。


以前は紙で通販リストを世界に郵送していたが
インターネット時代を迎えて
ご商売はますますお盛んなはずだった。


その建物の中にはレコードがたくさんあるはずなのに
中はひっそりと静まり返っている。


いやな感じだなと思う気持ちをこらえきれず
口汚い言葉を大江田さんに向けて吐いてしまった。


ただし
今回ぼくたちが目指すのは
どこかの事務的な会社じみたそのディーラーのレコード倉庫ではなく
通りを挟んで向かい側に出来たと聞いた
小さなレコード屋の方だった。


その店は
通りに面してはいるものの
想像以上に小さかった。


奥行きは5メートルもなさそうだし
幅だって2メートルあるかないか。
10平方メートルの小さなスペースに
レコードはちんまりと置かれていた。


しかしそのレコードたちは
少ないなりに今を主張している。
木の壁、木の棚、ハンドメイドな雰囲気。
地元のインディー・ジンの品揃えも豊富で、
ニッキ・マクルーアの切り絵画集も売られている。
店員の女の子が聴いているのはスキップ・ジェイムス。
シンプルに見えて
知恵と工夫でお洒落してみせる女の子みたいな、そんなたたずまい。


とは言え、
胸を張ってはいてもその体はか細い。
これだけの店構えで
はたしてやっていけるのだろうかと余計な心配をしてしまう。
わずか数メートルのところに
怪物級の通販ディーラーが不気味なしずけさで君臨しているというのに。


「実はこの店、来月で閉めるの」


ある年、
彼女はさびしそうにぼくたちに告げた。
その日、
ぼくたちが買付出来るレコードは一枚もなかったが
代わりに店で売っていたTシャツを買った。
猫と鳥がレコードを聴いているイラストが描かれていた。


あーあ、やっぱり資本の力には
勝てないのか。


すこし落ち込んだ気持ちで店をあとにした翌年、
ふたたびその街を訪れると
どういうわけか
店は前のままで営業を続けていた。


カウンターには彼女が座っていた。


「オーナーが変わったけど
 店は続けられることになったの」


というわけで
一本の通りをはさんで
彼らの倉庫と彼女の店は向かい合って
まったく違う方法で今日もレコードを売っている。


アリとキリギリスで言えば
たぶん、やつらがアリで
彼女の方がキリギリス。
アリは決してたるんだりズルしたりしないし
実にかしこく効率的にやっている。
バカを見るのは理想主義者のキリギリスの方。


童話だってそう言ってる。


だけど
ぼくの心は
キリギリスに甘い。
この商売は
どこかでそれがなくちゃ
おもしろくもなんともない。


音のお洒落に夢中のキリギリス。
実はいっぱいいっぱいで、
それでも今回は生き延びた。


ぼくの中の逆転童話が
ハッピーエンドを迎えるかどうかは
彼女の店の命運にもかかっている。(この項おわり)


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レオ・セイヤーの「恋の魔法使い」を
女の子が歌っているヴァージョンがあると
ウワサには聞いていたけど
これがそれ。


いや
ウワサ通り、
ウワサ以上に
素晴らしかった。


ミュージカル「アニー」で有名になった女の子の
ご褒美アルバム。


いい企画だな。


日本でもこういうの
出しませんか?(松永良平


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