Heren Merrill ヘレン・メリル / Something Special

Hi-Fi-Record2010-06-28

The Cool School 179 村上さんを狂わせる店


村上春樹
アメリカの東海岸にある名門大学に
客員教授として滞在していた時期があるのは
有名な話。


大の音楽ファン(おもにジャズ)である氏が
その大学のすぐそばにあるレコード屋
足しげく通っていたのも
氏のファンならよくご存じだろう。


なんとなくそういう由緒めいた話が頭に残っていたものだから
はじめてその店を訪れたときは
頭のなかのイメージとの違いというか
落差にちょっととまどった。


なんかこう
ウッディで重たげな扉を開けて
老主人の長年のコレクションを覗くような
そんな想像を勝手にしていたのだ。


実際の店は
もっとシンプルで
はっきり言えばレコード以外の造作はとても殺風景で、
しかしものすごいお客でにぎわっているという
マーケットのような場所だった。


お店の商品の半分近くはCDだというのも意外だった。
レコードは新入荷のコーナーに
ざくざくと放り込まれて
あとはお好きにどうぞといった感じ。


値段は
率直に言ってかなり安価だ。


だが
試聴は出来ない。
試聴しているひまなんかない、と言った方が正しいかもしれない。


レコードも客も次から次へどんどん現れるので
のんびりと見ているわけにもいかないのだ。


そうか。
ここは歴史と由緒に抱かれて
自分たちは良い趣味ですよとなぐさめあう場所なんかじゃない。
むしろもっと戦闘的に
レコードを掘り尽くし
聴いたことのあるレコードも
聴いたことのないレコードも
自分のものにして楽しもうという前向きなムードに満ちあふれている。


こういう場所で
村上さんがレコードを毎日嬉々として買っていたとわかったことは
とてもうれしかった。


趣味にはとことん肉食獣で。
作家たるもの、そうじゃなくちゃね。


ちなみに氏がこの店に実際に通った証は
名著「意味がなければスイングはない」のなかにある。


村上さんが図版で提供したあるレコードに
この店の値札がそのまま貼られているからだ。(この項おわり)


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「It Don't Mean A Thing If It Ain't Got That Swing」
こと「スイングしなけりゃ意味ないね」。
最近は「スイングしなけりゃ意味がない」と
訳される場合が多いようだ。


この曲を収録しているレコードは
今、ハイファイに4枚ある。


そのなかから今日は
ヘレン・メリルを。


今にも雨が降りそうな湿気の高い東京を
ちょっとすかっとさせてくれる感じで。(松永良平


試聴はこちらから。