Chris Montez クリス・モンテス / The More I See You
The Cool School 189 時差ぼけとわたし その3
堪え難い時差ぼけに陥ると
どうしても買付の作業が中断する。
限られた時間でやっていることだから
出来る限りタイムロスは避けたいのだが
それ(時差ぼけ)は
必ずやって来る。
どんな位の人間にも平等に。
つまり
店員にも
店主にも。
ある東海岸のお店でのことだった。
夕方近くなって
大江田さんの姿が見えなくなった。
どこに行ったと見渡していたら
店の隅っこにある椅子に
完全燃焼した矢吹丈のように座り込んでいるではないか。
ああ、
大江田さんが真っ白になった(時差ぼけで)。
と思っていたら
ぼくの方にも時差の魔の手が及びはじめ
足下がぐらつきはじめた。
耐えきれずにしゃがみこむ。
意識が急激に遠のき
1+1すらまともに考えられなくなる。
へたりこんだまま
その場で静止すること数分。
ハイファイ買付部隊、
夕暮れに死す……。
「おーい」
そのときだった。
遭難した登山家が吹雪の向こうに聞く幻聴のごとき声が
遠くから聞こえてきた。
いやでもここ雪山じゃないし。
それにアメリカだから日本語なわけないし。
「おーい!」
その聞き覚えのある声とともに
ぷうんとただよってきたのは甘い香り。
ああ、ついに嗅覚にまで時差ぼけが。
「おい!」
次の瞬間
肩を強く揺さぶられていた。
だれかの影がぼくに覆い被さっている。
あ、あなたは……。(この項つづく)
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時差ぼけにくるしみ
意識がもうろうとしているようなときに
ぼくの脳内で流れる甘美なメロディは
クリス・モンテスのかたちをしていることが多い。
たとえば
このアルバムの
「ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー」。
こんな甘くて切ない調べが
ぼくを眠り地獄へと引きずりこんでゆく……。(松永良平)