Chris Montez クリス・モンテス / The More I See You

Hi-Fi-Record2010-07-21

The Cool School 189 時差ぼけとわたし その3


堪え難い時差ぼけに陥ると
どうしても買付の作業が中断する。


限られた時間でやっていることだから
出来る限りタイムロスは避けたいのだが
それ(時差ぼけ)は
必ずやって来る。
どんな位の人間にも平等に。


つまり
店員にも
店主にも。


ある東海岸のお店でのことだった。


夕方近くなって
大江田さんの姿が見えなくなった。


どこに行ったと見渡していたら
店の隅っこにある椅子に
完全燃焼した矢吹丈のように座り込んでいるではないか。


ああ、
大江田さんが真っ白になった(時差ぼけで)。


と思っていたら
ぼくの方にも時差の魔の手が及びはじめ
足下がぐらつきはじめた。


耐えきれずにしゃがみこむ。
意識が急激に遠のき
1+1すらまともに考えられなくなる。


へたりこんだまま
その場で静止すること数分。
ハイファイ買付部隊、
夕暮れに死す……。


「おーい」


そのときだった。
遭難した登山家が吹雪の向こうに聞く幻聴のごとき声が
遠くから聞こえてきた。


いやでもここ雪山じゃないし。
それにアメリカだから日本語なわけないし。


「おーい!」


その聞き覚えのある声とともに
ぷうんとただよってきたのは甘い香り。
ああ、ついに嗅覚にまで時差ぼけが。


「おい!」


次の瞬間
肩を強く揺さぶられていた。
だれかの影がぼくに覆い被さっている。


あ、あなたは……。(この項つづく)


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時差ぼけにくるしみ
意識がもうろうとしているようなときに
ぼくの脳内で流れる甘美なメロディは
クリス・モンテスのかたちをしていることが多い。


たとえば
このアルバムの
「ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー」。


こんな甘くて切ない調べが
ぼくを眠り地獄へと引きずりこんでゆく……。(松永良平


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