James Taylor / Mud Slide Slim And The Blue Horizon

Hi-Fi-Record2010-08-05

The Cool School 196 史上最大のディスカウント その1


前回書いた兄弟の店の
兄の店の方。


レコードの数は豊富で
おもしろいものも揃っているのだが
すこしだけコンディションに難があるものが多くて
すこしだけ値段が高い。


うんと高いとか
うんと汚いのではなく
ちょっとだけというのが癪なのだ。


それでも
たくさん買うと
いつもすこしディスカウントしてくれるので
まあそれなりにがんばる。


だから
何を置いても絶対に行きたい店じゃなくて
二番手、三番手の店というのが
ぼくたちの正直な評価だった。


ところが
ある年の帰り際、
店主(兄)はぼくたちにこう宣言したのだ。


「毎年来てくれてありがとうな。
 知ってると思うがこの商売もなかなか楽じゃない。
 ついてはブロウアウト(大安売り)というわけじゃないんだが
 次に来てくれたときには全部を半額にしようと思う」


え? 半額?
ぼくたちの目は色めき立った。


「ただしだ、
 それは買物の合計が●●ドル以上に達したらの話。
 もしそれより低くてもディスカウントはするけど
 半額にはならないね」


店主が提示した金額。
日本円だと数十万円といったところだろうか。
いかにもこいつらしい
微妙に癪にさわる設定だった。


確かに
この店のレコードがすべてきれいだったら
それだけの金額分のレコードを積み重ねるのは可能だろう。
だがどうだろう?
今回買った総額だって
ずいぶんがんばったつもりだが
その目標の何分の一でしかないのだ。


頭のなかでいろいろと算段をめぐらしてみたが
勝算が今ひとつ見えない。


「ねえ、大江田さん、どう思いま……」


ふと横を向いて
おどろいた。


大江田さんが
鼻息も荒く腕を組んで仁王立ちしていたのだ。


「やろうよ、松永くん。
 この話、乗らなくちゃ!」


そうだった。
こういうときの大江田さんは
普段の石橋を叩いて渡る性格から一変して
おそろしいほど前のめりになるのだった。


かくして
史上最大のディスカウント大作戦を
店主と約束して
ぼくたちは店を出た。


そしてふたたびその店の前に
ぼくらは立った。
約束からちょうど一年が経っていた。(この項つづく)


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昨日、大江田さんが書いていた
キャロル・キングジェームス・テイラーの日本公演に
ぼくは行けなかった。


その鬱憤を晴らしたかったわけでもないけれど
たまたまアメリカにいるときと日程が合って
ふたりのツアーのファイナル公演を
アナハイムのホンダ・センターで見ることが出来た。


大きなホッケー・アリーナの中央に
円形ステージが据え付けられていて、
彼らは360°を相手に演奏をした。


コンサートの終盤、
疲れも見せずに歌い動き回るキャロル・キング自身と
彼女の書いて来た名曲の存在感があまりに圧倒的だからだろうか。
ジェームス・テイラーは曲を紹介するたびに
「これも彼女の書いた曲」
「これまた彼女の書いた曲」
そんなひとことをぼそっと付け加えるようになった。


それは彼なりのジョークだったのかもしれないが、
早い話
キャロル・キングに気圧されて
ちょっとしょんぼりして見えたのも事実だ。


もっとも
最後の最後に
彼は男の意地を見せた。


アルバム「マッド・スライド・スリム」収録の
「ユー・キャン・クローズ・ユア・アイズ」で
ジェームス・テイラー
彼なりのやさしい男気で彼女と観客をうっとりと降伏させたのだ。


日本公演は「ロコモーション」で
にぎやかに終わった、
つまり、キャロルの完勝と聞いていたので、
このときばかりは「ジェームス、やったね!」と思った。


主役たちが去っても
ステージはゆっくりとまわり続けていた。
それは観客をも巻き込んだ
大きな走馬灯みたいにも思えた。(松永良平


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