Craig Carothers クレイグ・キャロザーズ / Haunted
買い付けの時には、数冊の本を空港で購入するのが、習いになっている。
空港の本屋では思いのほか選択肢が少ないので、事前に買っておけばいいはずなのだが、いつも慌ただしく目についた本を手に取ってレジに並ぶ。
思いっきり失敗したのが、杉浦日向子編によるそば屋探訪記で、買い付けを終えて日本に帰ってから行くそば屋でも頭に入れておくか位のつもりで買ったはずなのに、いざアメリカに着いてページを開くたびに喉が鳴って困った。午後の静かなそば屋で、数本の酒を飲んでからそばをたぐる様を描いた杉浦日向子のエッセイに、読まなければいいものを数行を読んではページを閉じ、また数行を読んでからページを閉じるなど繰り返し、思いつく限り嫉妬した。
そのうちに気づいたのは、これから向かう街を舞台にしたミステリーを飛行機の機内で読みつつ、街のイメージを描いてみることだった。
ビング・クロスビーの回のネタに使った「死の蔵書」(ジョン・ダニング著 宮脇孝雄訳 ハヤカワ文庫)の舞台は、コロラド州デンバーである。ささやかにしかページがさかれていない旅のガイドを買うくらいなら、この本を手にした方がよっぽど街の持つ気分がわかる。
フィリップ・マーゴリンの一連の小説の舞台は、西海岸オレゴン州ポートランド。
オレゴンというのもなかなかにイメージの結びにくい州かもしれない。僕の知識も、映画「スタンド・バイ・ミー」の舞台となったこと、あるいは80年代半ばに放送されたテレビドラマ「オレゴンから愛」くらいから思い描くのが関の山。豊かな森、広々した自然ぐらいのイメージしなかったぼくは、ポートランドを知りたくて、彼の著書「氷の男 」を手にして飛行機に乗った。
いや、もしかすると日本に帰ってから、ポートランドを舞台にしたミステリーを探したのかもしれない。ニューヨークやシカゴ、ロスなどを舞台にした小説は数あるだろうに、地方の小都市に起きるドラマを描いた小説があるのかと探すと、思いかけずにすぐに見つかったような記憶もある。
アメリカの旅のガイドとして翻訳小説に勝るものはないと思うし、戻ってからの回想の友にも最適だ。
これほどに買い付けを繰り返してくると、音楽も同じ。
初めて聞くレコードにも好きな街で生まれた音楽ほど、何枚もの座布団をあげたくなる。(大江田信)
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