Astrud Gilberto / The Astrud Gilberto Album
ずいぶん前の話だが
ブラジルから日本にやって来て
もう長く東京で暮らしているかたと話をする機会があり、
ふとした流れで
アストラッド・ジルベルトに話が及んだことがあった。
驚いたのは
それまでいろんな話題にニコニコと答えてくれていたそのひとが
急に烈火のごとく怒り出したことだ。
「あのひとは
ブラジル人の恥だ!」
あまりの激高ぶりに
とりなすのにしばらく時間がかかったくらいだったが、
結局
彼女のどこが許せないのかというと
「歌がヘタ」なことに尽きるのだという。
でも彼女は
日本では今なおとても人気があるし、
ヴァーヴに何枚もアルバムを残したくらいだから
60年代のアメリカでも大変な人気があったのだ。
同時代のブラジル人シンガーで
すぐれた歌い手はいっぱいいたはずだが、
彼女に並ぶほどの成功をアメリカでおさめたひとはいない。
そこがまた
いらつくポイントなのだろう。
思うに
ブラジルには
彼女のたどたどしさやおぼつかなさを
チャームとしてポイントに加算するような感覚がないのかもしれない。
菊池成孔さんがあるところで
K-POPの流行と日本のアイドル文化の違いを評して
「韓国にはヘタウマという感覚はない、ウマウマしかない」と
いうようなことを確か書いていた(ちょっとおぼろげな引用)。
ブラジルにそのウマウマ主義が当てはまるというのは
ちょっと乱暴な仮説だと思うが、
日本人的感覚のなかに
未完成なもの、未熟なものを愛する部分があるのは
本当のことだろう。
そして
その半熟な状態が
やがて見事に円熟し
上達や成長をしていくことを
必ずしも望んでいるわけでもないというのも
結構日本の特殊な文化だろう。
結論はまだない。
口のなかで溶けない飴みたいに
ずっと考えてるのかも。(松永良平)