Astrud Gilberto / The Astrud Gilberto Album

Hi-Fi-Record2011-04-17

ずいぶん前の話だが
ブラジルから日本にやって来て
もう長く東京で暮らしているかたと話をする機会があり、
ふとした流れで
アストラッド・ジルベルトに話が及んだことがあった。


驚いたのは
それまでいろんな話題にニコニコと答えてくれていたそのひとが
急に烈火のごとく怒り出したことだ。


「あのひとは
 ブラジル人の恥だ!」


あまりの激高ぶりに
とりなすのにしばらく時間がかかったくらいだったが、
結局
彼女のどこが許せないのかというと
「歌がヘタ」なことに尽きるのだという。


でも彼女は
日本では今なおとても人気があるし、
ヴァーヴに何枚もアルバムを残したくらいだから
60年代のアメリカでも大変な人気があったのだ。


同時代のブラジル人シンガーで
すぐれた歌い手はいっぱいいたはずだが、
彼女に並ぶほどの成功をアメリカでおさめたひとはいない。


そこがまた
いらつくポイントなのだろう。


思うに
ブラジルには
彼女のたどたどしさやおぼつかなさを
チャームとしてポイントに加算するような感覚がないのかもしれない。


菊池成孔さんがあるところで
K-POPの流行と日本のアイドル文化の違いを評して
「韓国にはヘタウマという感覚はない、ウマウマしかない」と
いうようなことを確か書いていた(ちょっとおぼろげな引用)。


ブラジルにそのウマウマ主義が当てはまるというのは
ちょっと乱暴な仮説だと思うが、
日本人的感覚のなかに
未完成なもの、未熟なものを愛する部分があるのは
本当のことだろう。


そして
その半熟な状態が
やがて見事に円熟し
上達や成長をしていくことを
必ずしも望んでいるわけでもないというのも
結構日本の特殊な文化だろう。


結論はまだない。
口のなかで溶けない飴みたいに
ずっと考えてるのかも。(松永良平