Laura Nyro / Eli And The Thirteenth Confession

Hi-Fi-Record2011-06-25

 かつて渋谷の桜ヶ丘に、エピキュラスというヤマハ関連の音楽施設があった。中規模のホールがあり、練習スタジオがあり、プロ用のレコーディング・スタジオもあった。


 何年くらい前の事か、たぶん70年代の末頃の事だと思う。
 246を越える歩道橋を渡って、エピキュラスに向かって坂を登っていた。仕事の用件があった。目的地まであと少しというところで、ふと顔を上げると、ひとりの女性がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


 あれ、誰だっけ。仕事をお願いしたことがある方だったっけ。たぶんそうに違いない。彼女をすれ違うところで、ぼくは軽く頭を下げて会釈をした。
 彼女もぼくにつられて会釈をした。


 それから数歩ほど歩くうちに、ぼくは彼女と初対面だったことに気付いた。
 仕事をお願いした事も無いし、言葉を交わしたこともなかった。お会いした事も無かった。全くの初対面だったのだ。
 女性は、中島みゆきさんだった。


 ぼくは急に恥ずかしくなった。もちろん後ろを振り返る事などなく、そのまま何事もなかったかのようにして、目的地のエピキュラスに入った。


 たまに思い出しては、ひとりでふっと笑う。
 まるで知り合いの二人が久しぶりに出会ったかのようにして、タイミング良くさりげなく、交わされた挨拶だった。そういえば、彼女はほんのりと含み笑いをしていたような気もする。あなたとは、遭った事がありませんよとでも言うように。


 あんな風にして、すれ違えたら良かったなあと、全くの自分勝手に思いを馳せることがある。
 このポートレートが一番好きだ。(大江田信)