Dick Dale And His Del-Tones / Surfers’ Choice

Hi-Fi-Record2011-06-30

 ディック・デイルが演奏するミザルーのことを少し。
 これはもともとギリシャ周辺に発祥を持つ楽曲で、すでに1927年からギリシャアテネで演奏されていたらしい。この当時に演奏していたのがミカリス・パトリノスのバンドと確認されているものの、さらに古くから伝承されて来たメロディと考えられていて、いわば地元のフォーク・ソングの一つのようなもの。


 ギリシャアメリカ人のニック・ロウバニスが、これをジャズ風にアレンジししたうえで、1941年に自作品としてアメリカの著作権管理団体に登録している。したがって今でもミザルーの作者を検索すると、彼の名前が出てくる。彼を作曲者と認める声はまず無いと言われつつ、この曲が演奏されればニックの手元に収入が入るという事態が生じた。
 たったいま聴いていたカテリーナ・ヴァレンテのヴァージョンにも、ニック・ロウバニスの名前が作者として記されている。


 2004年、アテネ・オリンピックの閉会式のショウにおいてギリシャ音楽界の女王、アンナ・ヴィッシが同曲を見事に熱唱した。その姿は、動画投稿サイトで見ることが出来る。
 なにしろギリシャで行なわれたオリンピックの閉会式のショウでの歌唱だ。ギリシャが国を上げて自国のメロディとお墨付きを与えたに等しい。
 その際の楽曲の使用料もニック・ロウバニスの手元に入ったのだろうか。


 この種の剽窃というのは、ハワイアンでもラテンでも数限りなくあるらしい。著作権の取扱いに長けていた人物が、すでによく知られている作品を、(多少改変するなどして)自身のものとして登録してしまうのである。
 少なくとも作品に添えられている作者名だけを信じて、彼をして作家と思ってはいけない曲もあるということなのだ。


 なんとなく妖しげなメロディと感じるのは、ディック・デイルの演奏だからということもあるはずだが、同時にメロディを聞き取っている僕の耳が、すでにアメリカナイズされているからなのかもしれない。それともアメリカ人のみならず、多くの人々の耳にも、僕と同じように地の果てから響くエキゾチックなメロディと聞こえるのか。


 広々とした会場でアンナ・ヴィッシが高らかに歌う姿を見ていると、そこには妖しさなどみじんも感じられない。誇らしげな姿が、ステージを舞っている。(大江田信)


試聴はこちらから。