Marlene Sai マリーン・サイ / I Love You
マリーン・サイの名前が彼の口から出た時には、ちょっとビックリした。
とある西海岸のディーラー氏の倉庫にお邪魔をして、レコードをチェックしていたときのことだ。どうもロック好き、それもサイケやガレージに詳しく、相当にマニアックなロック・コレクター氏かなと思い始めていたときだったので、拍子抜けしたと言うか、なんというか。僕が手にしたハワイアンのレコードを見ながら、「マリーン・サイって良いよなあ、ソフトでいいヴォーカルだ」と言った。
マリーン・サイは、同時代のハワイで似たタイプのキャラクターを探すのが難しいシンガーだ。ジャズのリズム感やタイム感が備わっていて、だからといってポピュラー・ヴォーカルに専念するのではなくハワイの古くからのトラッド・ソングもなんのことなく、楽しげに歌う。ジャズとハワイアンが、その根っこのところでたくましく交差していることを感じさせる。
このアルバムは、その彼女にとって最もポップスに近寄った一枚だろう。
何をどのように歌っても、その音楽に上手く染まりつつ、それでいて自身の根っこが揺るがない。
コレクター氏は、こうも続けた。「ああいう女性シンガーはいなくなった、いい歌手だったのになあ」。
自分の好みの音楽について語って、それが通じる相手だと僕のことを思ったのだろう。アメリカ本土でハワイアンを大切に持っているコレクターは、ほんとに一握りしかいない。
「ああ、いいですね」と僕は答える。
一日中、レコードのことを考えているんだ、レコードが好きで好きでと語る彼は、同時にレコードを売る事が、自分のビジネスだという。
彼の販売用レコードのハワイアンのストックの中には、マリーン・サイは入っていなかった。マリーン・サイは売らない。僕には、それが微笑ましかった。(大江田信)
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