Anita Kerr Singers アニタ・カー / Bert Kaempfert Turns Us On

Hi-Fi-Record2011-08-05

 フランク・シナトラの「夜のストレンジャー」のことが気になっている。


 「夜のストレンジャー」は、とある映画のサントラのために書かれたインスト・メロディが元になっている。これに後から歌詞が付いた。ドイツの作編曲家・オーケストラ主宰者のベルト・ケンプフェルトの書いたメロディだ。
 ベルト・ケンプフェルトの曲がアメリカでヒットしたのは、これだけではない。数多い。
 どうして海の向こうのドイツの作曲家のメロディがアメリカで、こんなに売れたのか。


 ジョエル・ホイットバーンの資料書にはこのようなストーリーが記されていた。要約してみる。

 ハル・ファインは、フランク・シナトラのプロデューサーのジミー・ボーウェンにベルト・ケンプフェルトのメロディを売り込んだ。ジミーはハルに英語詞を付けられるか聞いた。英語詞の用意に2、3ヶ月かかった。ジミーが英語詞を用意しているうちに、ボビー・ダーリンとジャック・ジョーンズがレコーディングしてしまった。ジャック版の発売日の3日前に事態を知ったジミーが急遽シナトラ版を録音した。そして全米1位になった。


 これを注意深く読むと、面白い事柄がわかる。
 ハル・ファインなる人物は、まず間違いなくベルト・ケンプフェルトの作品エージェントだ。過去のヒット実績を踏まえ、ベルト・ケンプフェルトのメロディを、まずシナトラの所に売り込んだ。
 ハルは、英語詞を付けていいかとの質問に、オーケーと答えた。ところがしばらく待っても、シナトラのレコード発売の音沙汰がない。
 だったら他の歌手にということで、ハルはボリー・ダーリンとジャック・ジョーンズの所にも売り込んだ。そしたら、トントン拍子に話しが進み、レコーディングに至ってしまい、発売日が決まった。
 こんなところではないかと思う。
 ハルはアメリカ国内での売り上げに従って、その何割かを受け取ることができる契約をしていたのかもしれない。そのために、アメリカ国内での楽曲販売の権利を、既に買っていたのかもしれない。



 ジミーは、ジャック・ジョーンズのシングル盤が発売されることを、どこから聞いたのだろう。レコード会社のリリース・ニュースだろうか。まさかハルが耳打ちしたのだろうか。
 ジミーは、アレンジャーのアーニー・フリーマンを呼んでアレンジを依頼し、3日後にはスタジオにフル・オーケストラを集め、そこシナトラを呼んでレコーディングしたという。
 シナトラに全米1位の栄誉を与えるヒット曲が久しぶりに誕生した。



 たぶんハル・ファインが暗躍したのだろうと思う。
 ジミー・ボーウェンを慌てさせ、シナトラのレコーディングを早めるために、ボビー・ダーリンとジャック・ジョーンズに売り込んだのかもしれないと考えるのは穿った見方か。


 映画のサントラのインストメロディに歌詞を付けさせて売るという発想にも驚かされるが、こうしたことが可能だったのは、著作権をとりまく考え方が今とは全く違ったからだ。 
 それにしてもこれと決めたら3日でレコーディングまでに至るスピードもすごい。

 いつかジャック・ジョーンズのシングルのプロモ盤を見つけて、聞いてみたい。


 ふっくらと美しいアニタ・カー・シンガーズの「夜のストレンジャー」。アニタ・カーが制作したベルト・ケンプフェルト・ソングブック・アルバムからの一曲。(大江田信)


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