Chet Baker / She Was Too Good To Me 

Hi-Fi-Record2012-08-19

 ハイファイの店頭にミュージシャンの方が見えたときに、お話をするのが好きだ。現場で仕事をしている方達の生の声を聞くことができて、とても楽しい。なんだか申し訳ないなと思いつつ、常日頃、疑問に思っていることや考えていることなどを話題にして、つい教えを請うてしまう。


 つい先日のこと。とある美しい女性ジャズ・ピアニストの方が見えた。この日も親しくして頂いているのをいいことに、せっせと言葉をかけた。
 どのような経緯で行き着いたのかは忘れたが、しばらくするうちに話がチェット・ベイカーのアルバム「Chet Baker Sings」のことになった。


 チェット・ベイカーの声がね、絶対音感を持つ人に言わせるとちょっと低いらしいんだけれども、私は気にならないの。良いわよねえ、あのヴォーカル。麻薬的なのよ。お酒が止まらないわ。


 と、遠くを見るような眼差しで仰った。


 そうだよねえと、表情を崩さずに受け答えしたつもりなのだが、内心ではとてもビックリしていた。美しく聡明なピアニストの彼女は、そのたたずまいも、CDで聞くところのピアノ演奏も、そしてライヴで見た時の雰囲気からも、いささかスクエアなタイプなのだろうと想像していたからだ。おカタいというか、隙が無いというか。


 「麻薬的」という言葉と、「お酒が止まらない」という言葉が出て来たことに驚きながらも、バーのカウンターに肩肘をついて、うっとりとチェット・ベイカーの声に耳を傾けている彼女の姿を想像した。話相手をバーテンダーに求める美女の深夜の独り酒。魅力的だ。


 確かに、ちょっと低めの音程が魅力的なヴォーカルというのはある。だるい感じ、やる気の無い感じ、そしてちょっと暗くて、内向的な感じ。音程バッチリの明るく晴れ晴れとしたヴォーカルよりも、もっと気楽につきあえる気がする。


 そうかあ、麻薬的という表現がぴったりだなあと、改めてチェット・ベイカーの「She Was Too Good To Me」を聞きながら彼女を思い出した。


 「She Was Too Good To Me」。ダメな男の歌を、ダメな男のチェット・ベイカーが歌う。
 これがいい。(大江田)


 こちらからどうぞ。