John Greenway ジョン・グリーンウェイ / The Cat Came Back

Hi-Fi-Record2012-09-16

「おまえ、日本人だろ? このレコード知ってるか?」


店の若いオーナーがぼくに一枚のレコードのことで話しかけてきた。


そのレコードのこと
ぼくは知っていた。
たしか何年か前に出ていた本「猫ジャケ」にも掲載されていたはず。


その名もずばり「ねこ」。
「猫」という日本のニューミュージック・グループもいたが
ぼくが見せられたのはそちらではなく
「ねこ」そのもの。


猫の顔を大きく写したジャケットに
「ねこ その素晴らしき世界」と書かれた帯がついてる。


どんなレコードかと彼がきくので
帯に書いてあるとおりのことを
こう答えた。


「A面はリアルに猫の鳴く声だけを録音したもの。
 ヴォイス・サンプリングとかで音楽的なことをするんじゃなく
 ただ本当に猫がうろついてときどき鳴くだけ。
 そしてB面は……」


そこで思わず説明に困り、口ごもってしまう。
でもいつもは無愛想な彼がニコニコしながら待っているので
思い切って説明した。


「B面は……、
 猫の鳴き声をバックにしたポエムの朗読。
 ジャパニーズ・フェイマス・アクターがやってる」


おーい、マジかよ、というような意味の声を彼はあげた。
そしておもむろにカウンターに向かう。
どうやら店主は
そのレコードをお店でかけることにしたようだ。


最初はA面。
いかにも生録りな空気音の向こうから
「にゃー」と鳴き声がきこえてきた。


「ひゃっほー!」


そのときの彼の盛り上がりといったら!


気がつくと
さっきから店内をうろうろしていたちいさな女の子が
店主になにやらたのしそうに耳打ちしている。


そうか。
このレコードについて知りたかったのは彼女で
彼女のリクエストをうけて
父親としてぼくに委細を尋ねたわけだ。


思いがけず猫の鳴き声をききつけた他のお客も
なんだなんだと続々とカウンターに集いだした。


「今、このレコードはこの店一番のヒット・アルバムだぜ!」


やがてA面は終わり、
そこからB面へ。


今度は鳴き声をバックに
名優、竹脇無我の渋い声が流れ出す。


するとどうだろう、
「プッ」「ププッ」と
彼らはこらえきれずに笑い出したのだ。


なにをしゃべってるのか意味はわからなくても
猫にかこまれながら
男がなにか場違いなことを語っているというおかしみを
彼らは確実に感じ取っていた。


不本意ながら
ぼくもつられて笑った。


「なー、この男、なにしゃべってるんだよ、教えてくれよ」と言いながら
もうだれも意味なんかどうでもよかった。
彼らも笑った。
ぼくも笑った。
やがてみんなおなかを抱えて笑い出して
もうだれも笑いをとめられなくなってしまった。(松永良平


注意!
写真のレコードは
この話題とはまったく関係がありません。
ただ単にぼく(松永)の好きな猫ジャケです。
ごめんあそばせ。