V.A. / Cornelia Street

Hi-Fi-Record2006-12-09

 ミュージック・マガジン社刊の「無人島レコード2」に原稿を書いた。
 この本は著者名のあいうえお順に掲載されるので、ぼくのページの廻りは「う」や「お」の付く人が並んでいる。前のページは、浦沢直樹さん、その前のページは、内田樹さんだった。
 内田さんの本は過去に何冊か読んでいて、その論理の巧みなおもしろさに敬服しており、要するにファンなので、思わずページを繰る手が止まった。


 内田さんは、無人島に持って行くレコードとして、落語の自家製コンピレーションを上げていた。
 原稿の内容をかいつまんでいうと、こんな感じだ。
 落語ではその時代の人々を共軛していた「集合的な魂」のようなものが、ひとりの人間の身体を通してほとばしってくる、と内田さんは指摘する。「人というもの」が、きわだって個性的な登場人物たちを通して繰り返し様々な様態をとって再現され、「オレがオレが」と私利や面子が優先して発せられる言葉は「軽く」、「人というもの」が語る言葉は「重い」。それが落語だと続く。
 モーツァルトの音楽について触れつつ、「『個性」や「オリジナリティ」にプライスが付いてから後の時代の作物とは無人島で差し向かいではあまりに寂しすぎるから」、内田さんはロックやポップスのCDを1枚だけ無人島に持って行くことはできないと文章が結ばれる。
 ガーン。
 これは卓見だ。



  「人というもの」が歌われること、そして「オレがオレが」的な言葉は「軽く」、「人というもの」が語る言葉は「重い」ということ。こう言い換えてみれば、そのままフォークソング(SSW的なフォークではなくて、「民謡」という意味のフォーク)の音楽論そのものではないか、と僕は思った。
 民謡としてのフォークは、共同体の伝承として歌われるもので、歌手はその共同体においてたまたま音楽に長けている、とある人物にすぎない。かつて週末の村の集会所で、歌の上手い誰かが、歌い継がれて来たフォーク・ソングを歌った。フォーク・ミュージックが演奏され、皆でダンスを踊っていた。そういう光景はアメリカという国が出来上がっていく過程でいくつも持たれてきたに違いないし、つい60年も経たない前まで、アパラチアの山奥では当たり前のものだった。



 話は変わって、アメリカのとある大学街のレコード・ショップでのこと。店内にはバシティ・バニヤンの「Just Another Diamond Day」が流れていた。やわらかい声の女性ボーカルが、シンプルなアコースティックのフォーク・サウンドと共に店内に響く。
 若いお客さんが、今流れているのはなに?と店主に聞きに行った。店主が彼女の履歴を説明した。すると今度は、若い店員クンが店主の所にまた説明を聞きに行った、という一連の出来事があったとうことを、帰り道の車の中で松永クンが説明してくれた。
 バシティ・バニヤンの不思議な履歴ももちろん興味深いのだが、彼女の音楽に若い世代が敏感に反応していることが面白い。



 アメリカではフォーク的なサウンドと歌唱、それもかつての民謡歌手のように、「オレがオレが」感の無い音楽が、新譜で少しづつ登場してきている。わかりやすい例で言えば、ギリアンウェルチとデヴィッド・ローリングスの場合も、かつて演っていたパンク的な音楽を経て、フォークや古いカントリーに根ざした音楽をやるようになった。
 そういう音楽のCDを聴くたびに、思わず引き込まれる。
 ぼくの中ではそうした今の音楽と、古くからのフォークとが一筋につながっている。その間を無数のSSWがつないでいる。
 だから思わず「フォークの世界で、革新が起こっているんだね」と述べたら、「それはロックの中で起こっている出来事なのです」と、松永クンに指摘を受けた。



 なるほど言われてみれば、フォーク専門に扱っているディーラーや、楽器店、またフォークロア・センターでは、そうした音楽を見かけない。ギリアンウェルチぐらいはあるかも知れないけれども、それよりも新しいというか、ラジカルな音楽は見かけない。むしろオルタナなロックを扱っている場所で見かける。
 ガーン。
 そうだったのか。いまアメリカでフォークをディグしているのは、若いロックのミュージシャンなのか。
 

 そういうロックやフォークのレコードを探したいと思い始めた。むずむずとしてきた。
 必然的に80年代が視野に入ってくる。


 「Cornelia Street : The Songwriters Exchange」は、グリニッジ・ヴィレッジのCornelia Street Cafeに集った若きフォーキー達のコンピレーション。この時点で、すでに20年近くのヒストリーがもたらす音楽方法としての安定と、そして新しい何かを求め始めている胎動が聞こえる作品集だ。
 なにしろグリニッジ・ヴィレッジのカフェから生まれた音楽だもの。聴かなくちゃ。ジャケもいいしなあ。(大江田信)


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